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映画『湯を沸かすほどの熱い愛』は血のつながりを考えさせられる【映画感想(ネタバレあり)】

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銭湯

こんにちは。Takafumiです。

 

まだまだ、週末にDVDをレンタルして、映画を観ながらお酒を飲むことにハマっています。

 

本記事も映画の個人的感想なのですが、前回観た「真夏の方程式」に触発され、「感動する映画」を観ようという気持ちになり、「感動する映画」で評判の良かったものを3本ほどレンタルしてきました。

 

なので、「感動する映画シリーズ」としてここから3本記事にしていこうと思います。

 

こんな方にオススメ

  • 暇だからDVDでも借りて映画観ようと思ったけど何を観ようか迷う。
  • 観る映画を選ぶにあたって、あらすじやネタバレを簡単に知っておきたい。
  • 映画を観た後の感想を共有したい。

 

今回の作品はコレ。

 

『湯を沸かすほどの熱い愛』

 

では早速いきましょう。

 

 

映画『湯を沸かすほどの熱い愛』 作品情報


【出演】

宮沢りえ 、 杉咲花 、 駿河太郎 、 伊藤蒼 、 松坂桃李 、 オダギリジョー

【監督】

中野量太

 

あらすじ

余命2ケ月。私には、死ぬまでにするべきことがある―。

 

銭湯「幸(さち)の湯」を営む幸野家。しかし、父が1年前にふらっと出奔(しゅっぽん)し銭湯は休業状態。母・双葉は、持ち前の明るさと強さで、パートをしながら、娘を育てていた。

 

そんなある日、突然、「余命わずか」という宣告を受ける。その日から彼女は、「絶対にやっておくべきこと」を決め、実行していく。

 

・家出した夫を連れ帰り家業の銭湯を再開させる

・気が優しすぎる娘を独り立ちさせる

・娘をある人に会わせる

 

その母の行動は、家族からすべての秘密を取り払うことになり、彼らはぶつかり合いながらもより強い絆で結びついていく。そして家族は、究極の愛を込めて母を葬(おく)ることを決意する。

(公式HPより引用)

 

映画『湯を沸かすほどの熱い愛』 個人的な感想

結論、感動して涙することは必須の映画です。

 

そもそも「主人公が病気で死と向き合う系」の物語で感動できない映画の方が珍しいのかもしれません。この映画もベースは「主人公が病気で死と向き合う系」の物語ですので、例外なく感動できます。

 

ただ、『湯を沸かすほどの熱い愛』が素敵な映画である理由は、典型的な物語でお涙頂戴ではないところにあります。以下で「ココがよかった!」と思うポイントを書いていきます。

 

「ココがよかった!」と思うポイント

・過剰なBGMが少ないので登場人物のセリフに集中できる

・ただ泣かせるだけでなくユーモアがある

・さりげなく散りばめられた伏線がきちんと回収されている

・杉咲花の演技が凄い(素人目線ですが)

・双葉の “おかあちゃん”としての愛と血のつながり

では、具体的に書いていきます。

 

過剰なBGMが少ないので登場人物のセリフに集中できる

最近の映画やドラマにありがちな「BGMで涙を助長させる細工」があまり感じられませんでした。なので、自然と登場人物のセリフが耳に入り、妙に現実感を掻き立ててくれます。

 

たぶん、これはこれで演出なのでしょうか。逆にBGMを減らして涙を助長させる細工」と言うべきかもしれません。

 

いずれにしても、僕は過剰なBGMが少ない演出が物語に没入する上でとっても効果的だったと感じています。

 

ただ泣かせるだけでなくユーモアがある

ところどころにあるユーモアがこの映画に「明るさ」や「暖かさ」を与えてくれています。

 

例えば、物語冒頭、「湯気のごとく、店主が蒸発しました。当分の間、お湯は沸きません。」という張り紙が銭湯に貼られています。これ、秀逸ですよね!

 

一見すると、複雑な家庭で死と向き合う物語ともなれば、重くどんよりした雰囲気になりがちですが、こういったユーモアが雲の切れ間の日差しのような印象を与えてくれています。

 

また、オダギリジョー演じる幸野一浩がいい感じに場を和ませてくれます。上記の「湯気のごとく蒸発した店主」の張本人でだらしない男なのですが、張り詰めた場面でのガス抜き役として上手く機能しています。

 

さりげなく散りばめられた伏線がきちんと回収されている

振り返ってみると、「あの場面やあのセリフはこういう意味だったのかぁ」と感じるところが随所にあります。しかもその伏線が見事に回収されていきます。

 

例えば、

・安澄の制服にかけられた絵具を見て双葉が安澄に尋ねたセリフ

⇒双葉が安澄にあげた下着の色

・双葉が安澄に手話を出来るようにした理由やカニのお礼に君江へ手紙を書かせる理由

⇒耳の聞こえない君江が安澄の実の母であるため

などなど。

 

こういった伏線が張ってあると、もう一度観たくなりますよね。ちなみに、僕は下着の伏線はまったく気づきませんでした…。

 

杉咲花の演技が凄い(素人目線ですが)

この映画、第2の主役とも言うべき幸野安澄を演じる杉咲花の演技が本当に素晴らしいと感じました。繰り返しになりますが、僕は演技を語れるほどの者ではありません。あくまで素人目線ですが、それでも杉咲花演じる安澄に心が打たされます。

 

先ず、序盤のいじめに立ち向かうシーン。ジャージ姿で登校した安澄はクラスメイトから「体育の授業ではない」と茶化されます。その後、担任の教師から安澄の制服が何者かにより盗まれた話がされます。

 

そこで―、

 

制服、返してください。

今は、体育の授業じゃないから。

(本編より)

 

安澄は意を決してジャージを脱ぎ去り、双葉がプレゼントした下着だけになり、こう言い放ちます。

安澄の覚悟と行動には強く心を打たれます。

 

また、物語終盤、病床に臥す双葉に対して、涙を堪えて安澄は―、

 

お母ちゃん、絶対に、絶対にお母ちゃんひとりぼっちになんてしない

だから安心して。ありがとう、ありがとう…。もう大丈夫だよ。

(本編より)

 

この涙を堪えるシーンはそれはもう素晴らしい!いや、きっと本気で涙を堪えたんだろうということが表情から明らかに伝わってくるし、その後に気丈に振る舞う明るい表情は何とも言えません。

 

双葉の “おかあちゃん”としての愛と血のつながり

言うまでもなく、“おかあちゃん”こと幸野双葉を演じた宮沢りえは素晴らしいです。むしろ、宮沢りえだからこその作品かもしれません。

 

しかし、僕が注目したのは宮沢りえ云々ではなく、「双葉が愛を与える人に誰一人として血縁者がいない」というところです。双葉は実の母と思われる人にも「そんな子の覚えはない」と会ってもらえません。つまり、物語において双葉は「血のつながりのある関係」は全くないのです。

 

それでも双葉は関わった人を愛し、血のつながりなど関係なく本当に温かい家族を作っていきます。

 

そこで、僕は考えさせられたわけです。「血のつながり」について。

 

「血のつながり」なんて普段はたいして気にもしませんが、「家族」というものに関わると途端に大きくなる気がします。

 

現在は恋人でも、結婚するとなると多かれ少なかれ「血のつながり」を意識する場面は出てきますし、夫や妻のいずれかが再婚で連れ子がいた場合は意識せざるを得ません。

 

誰もが双葉のように強くはありませんし、通常であれば「なんで私が―。」と思うこともあるでしょう。

 

反面、「血のつながり」があったとしても、その繋がりはいとも簡単に切れてしまう事もあります。

 

「血のつながり」って何なのでしょうね。そういったことを考えさせられる素晴らしい映画でした。

 

まとめ

総じて、とても素晴らしい映画であることは間違いないです。

・家族とは何か

・血のつながりがどれほど重要なのか

こういったことに悩んでいたり、思う事がある人にとっては大きなヒントになると思います。

 

ちなみに、中盤で登場するヒッチハイカー向井拓海のエピソードは取って付けた感が強かったことが残念でした。

 

では、今回はこのへんで。

 

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